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特別対談(2/2):技術力だけでは、患者は救えないーデジタル時代における歯科治療の本質

ーー"義歯安定剤は、できるだけ使わないほうがいい…"


多くの歯科医師が、学生時代にそう教わってきたのではないでしょうか。


義歯安定剤に対しては、"義歯が合っていない証拠","治療の失敗を隠すもの"といった印象を持つ先生も少なくありません。


しかし、

昭和医科大学歯学部 口腔健康管理学部門の古屋純一教授から、異なる視点が示されました。



古屋教授:

「適合の良い義歯を製作することが大前提ですが、その上で患者さんの生活をより豊かにできるのであれば、義歯安定剤は十分に臨床の選択肢になり得ると考えています。」


「大切なのは『使うか、使わないか』ではなく、『誰にどのように使うか』です。」


この一言は、超高齢社会における義歯診療の方向性を示しています。


(本シリーズでは、高齢者歯科学・口腔機能管理学の第一人者である古屋教授をお迎えし、全2回にわたって専門医同士の対談を元に、義歯診療の本質と臨床現場で培われた知見をお届けします。)






| 7.臨床で選択肢となる義歯安定剤とは



徳永先生:

「クッションタイプの義歯安定剤の問題点は分かりました。それでは、クリームタイプについてはどのように考えられていますか?」



古屋教授:

「クリームタイプは、義歯と口腔粘膜の間に薄い層を形成し、唾液となじむことで徐々に粘着性が高まり、義歯の維持や安定を補助します。義歯の適合そのものを変えるものではありません。そのため、たくさん塗ればよいというわけではなく、適量を薄く塗布し、正しく使用することが大切です。そのため、適合の良い義歯を装着している患者さんが、さらに快適に使用するための補助として活用しやすいと考えています。」


「もちろん、義歯の調整や修理が必要な状態を放置してまで使うべきではありません。しかし、適切な診察を行なったうえで使用するのであれば、患者さんのQOL向上に寄与できる場面は少なくないと思います。」



徳永先生:

「私も同じ考えです。患者さんによっては、少しでも動くのが気になると、食事に集中できない』、『会話中に外れそうで不安』という悩みを抱えている方が、実は多くいらっしゃいます。そうした不安が軽減されるだけでも、日常生活は大きく変わります。」


「患者さんの中には、『たくさん塗ったほうがしっかり固定される』と思われている方もいますが、実際には、そのような使い方ではないですよね。」



古屋教授:

「そうですね。クリームタイプも、必要以上に多く使用すると、義歯が浮き上がったり、違和感につながったりすることもあります。"たくさん使えば安心"ではなく、"適切な量を正しく使う"ことが大切です。」



徳永先生:

「患者さんに適切な使用方法を理解していただくことで、本来の効果も得られやすくなります。使う量や使い方まで含めて説明する必要がありますね。」



古屋教授:

「はい、その通りです。義歯診療の目的は、義歯そのものを作ることではありません。患者さんが安心して食事や会話を楽しめることが、最終的な目標です。その視点で考えると、義歯安定剤を補助的な選択肢として持っておくことは大切だと思います。」




| 8.義歯安定剤が役立つのは、どんな患者なのか



徳永先生:

「実際の症例について、具体的におしえていただけますか?



古屋教授:

「例えば、高度な顎堤吸収がある患者さんや、唾液分泌が少なく義歯が維持しにくい患者さん、筋力の低下によって義歯を安定させにくい高齢の患者さんなどは、選択肢になります。」 


「超高齢社会では、すべての患者さんに『理想的な条件』を求めることは難しい場面があります。だからこそ、その患者さんにとって何が最善なのかを考えることが重要です。」


「また、適切に製作した義歯でも、患者がより強い維持を求める場合、義歯安定剤が有用(*1)です。『義歯を新しくしたら、全く外れることがなくなるだろう』と期待しすぎてしまう患者さんもいますからね。」


(*1 .出典 : Kimoto S, et al. "Effect of denture adhesives on masticatory performance: Multicenter randomized controlled trial." J Prosthodont Res. 2024 総義歯装着者における咀嚼能率の向上 , 概要 : 下顎総義歯装着者を対象とした無作為化比較対照試験において、義歯安定剤を使用しない群と比較し、使用した群で 咀嚼能率(masticatory performance)が有意に向上 したことが報告されています。また、咬合力や満足度の向上も認められました。)



徳永先生:

「良い義歯を作っても、以前と同じような口腔機能を維持することが難しい高齢患者さんも増えていますよね。そのような中で、『少しでも快適に使えるようにする』という視点は、今後さらに重要になっていくと感じます。」



ーー先生方が語る共通のメッセージ。それは、

「良い義歯をさらに活かすための補助として、症例を選んで義歯安定剤を使用する」という点が共通している。




義歯安定剤が補助的に役立つのは次のようなケース。




ーー古屋教授はさらに、忘れてはならない点として「管理」の重要性も強調しました。



古屋教授:

「もう一つ大切なのは、使用方法をきちんと説明することです。」


使用量の目安、毎日の取り外し・清掃の必要性、違和感が生じた際の受診についてなど、適切に指導することで安全に活用できるようになります。」 



徳永先生:

患者さんに任せきりにしてはいけませんね。『次回来院時に使用感を教えてください』、『気になることがあればすぐ相談してください』とお伝えするだけでも、安心感が生まれます。」



古屋教授:

「そうですね。義歯安定剤も提案して終わりではなく、患者さんに寄り添いながら経過をフォローしていくことが重要だと思います。」


義歯安定剤は、適合不良を隠すためのものではありません。万能な治療法でもありません。"患者が自己判断で使うもの"ではなく、"歯科医師の管理下で適切に活用するもの"という考え方です。」


「適切に使用すれば、『食べられる』・『外れにくい』・『安心して外出できる』といった患者の生活を支える力を持っています。」



ーー使うべきではないという固定観念ではなく、"どの種類を、どの患者に、どのように使うべきか"。こういった視点が、これからの義歯診療に求められる臨床判断になってくるであろう。







| 9.義歯治療のゴールとは



徳永先生:

「義歯治療を上手くなりたい先生方へメッセージをお願いします。」



古屋教授:

「歯科診療は、『これは使ってはいけない』『これは絶対に正しい』という二元論で考えないことが大切です。」


「患者さん一人ひとりの状態は異なります。だからこそ、科学的根拠を踏まえながら、その患者さんにとって最適な方法を考え続ける姿勢を持っていただきたいと思います。」 



徳永先生:

「私自身も、患者さんから教えていただくことはたくさんあります。教科書やガイドラインを勉強することは前提として必要ですが、患者さんの声に耳を傾けながら、その方に合った治療法を一緒に考えていくことが、義歯診療の面白さでもあります。」



古屋教授:

「義歯治療は『作ること』がゴールではありません。患者さんがその義歯で食事を楽しみ、笑顔で日常生活を送れることが本当のゴールです。その視点を忘れずに診療に取り組んでいただければと、思います。」



ーー古屋教授は、義歯診療を学ぶ若手歯科医師へ次のようなメッセージを送りました。



古屋教授:

「オンラインセミナーやSNSでは、手軽に多くの情報を得られます。しかし、それ以上に重要なことは、補綴歯科学会や老年歯科医学会などが示すガイドラインを読み、まずは普遍性のある基本的事項を理解することです。ガイドラインとは、様々な意見を持つ専門家たちの意見を集約した最大公約数であり、大きく間違ったことは書かれていませんから。」


「さらに可能であれば、実習形式の研修に参加し、自らの手で咬合調整や辺縁形成を経験するべきです。これからの歯科医師には、患者一人ひとりの機能、そして生活背景までを総合的に評価する力が求められています。」



徳永先生:

「そうですね。卒後アクティブラーニングとしては、東京科学大学のC.D.E実習コースで補綴関連の勉強をしていくのも良いと思います。」



ーー義歯を作る技術は当然のこと、患者を診る視点がこれまで以上に重要になってくることが、一貫して語られていました。




| 10.義歯治療のゴールは、患者さんの人生を支えること



徳永先生:

「ここまでは、義歯診療や義歯安定剤についてお話しいただきました。昨今でデジタル化が進む中、歯科医療はどのような未来へと変わっていくとお考えですか?」



古屋教授:

「近年はデジタルの普及が進み、デンチャーでもCAD/CAMによる設計・製作が注目されています。その点で、ソフトウェアにより人工歯排列や設計を標準化できる可能性がありますね。とはいえ、そのソフトウェアを扱うのは結局、歯科医師や歯科技工士ですよね。」


「咬合や支持、辺縁形態といった基本を理解していなければ、どれほど優れたデジタル技術を用いても良い結果にはつながりません。つまり、デジタル化が進んでも、基本は変わらないということです。」



ーーデジタルは技術を補助する道具であり、診断や設計の根幹を置き換えるものではない。

未来の歯科医療を担い、学生教育に力を注ぐ古屋教授から、その姿勢が強く伝わってくる。



徳永先生:

「スキャナーや3Dプリンターの活用によって、補綴関連の製作ワークフロー自体が大きく変わってきていますフェイススキャンによる顔貌情報の取得や、ソフト上での人工歯排列シミュレーションなど、これまでアナログで行っていた工程がデジタルに置き換わりつつあります。3次元プリントによる有床義歯の保険導入も進んでいて、新しい技術として今後さらに普及していくだろうとは感じています。」


「とはいえ、デジタルデンチャーの普及が期待される一方、義歯製作を担う歯科技工士の不足は、今後さらに重要な課題となっています。技術が進化する時代に、"歯科医療者だからこそ担える社会の役割"は、何だと思われますか?」



古屋教授:

「義歯診療というと、『義歯を作ること』が目的になりがちですが、本当に目指すべきは、患者さんがその義歯で快適に生活できるのかです。」


食事を楽しめること、人と会話ができること、笑顔で外出できること。そうした日常生活を支えることこそが、私たち歯科医師の役割だと考えています。」



徳永先生:

「診療をしていると、"この患者さん、教科書どおりではうまくいかないな"と感じる場面が本当に多いですよね。」


「だからこそ、患者さん一人ひとりを見ながら、何が最善なのかを考え続けることが大切だと思っています。」



古屋教授:

「まさにその通りです。患者さんの年齢や生活背景、全身状態、口腔機能は一人として同じではありません。歯科診療において、"これだけやれば正解"という万能な方法は存在しません。」


基本を理解したうえで、患者さんごとに最適な方法を考えることが、歯科医師として最も重要な力だと思います。」



徳永先生:

AIは情報を整理したり、診療をサポートしたりすることは得意です。しかし、患者さんの表情や価値観、ご家族との関係まで含めて、"この患者さんにはどの治療が最適か"を総合的に判断することは、人だからこそできる仕事です。」


進化する技術を使いこなしながら、患者の背景や想いまで汲み取り、その人にとって最善の治療を導き出す。そこに、歯科医師だからこそ担える本質的な価値があると思います。」




| 11.技術だけでは患者は救えない



徳永先生:

同じような口腔内であっても、患者さんによって治療結果や満足度が大きく異なるのが、歯科臨床です。不自由なく義歯を使いこなされる患者さんがいる一方、ほんの少しの違和感が大きなストレスとなり、義歯を受け入れられない患者さんもいらっしゃいます。」


「その違いを、口腔内のみで説明することはできません。義歯治療には、製作・調整するだけで完結しない難しさがあると思います。」



古屋教授:

「そこがまさに、義歯診療の本質です。義歯は補綴装置ですが、治療そのものは補綴学だけで完結するものではありません。」


「口腔機能の低下や全身状態、栄養状態、認知機能、さらには介護環境まで考慮する必要があります。同じような義歯を装着しても、その方の身体機能や生活背景によって、治療満足度が大きく変わります。」


「うまく義歯を使いこなせない患者さんに対して、一例として、少量ずつ塗布しやすいクリームタイプの義歯安定剤を選択することで、義歯の維持・安定を補助し、良好な使用につなげることもできます。」


「だからこそ、『歯を診る』という発想だけではなく、様々な要因を考慮しながら『人を診る』という視点が、これからますます重要になると考えています。」



徳永先生:

患者さんとの会話の中から、"本当は、何に困っているのか"を知ることも多いですよね。噛めないことが問題なのか、人前で外れることが不安なのか、食事を楽しみたいのか。本当の希望が分からなければ、患者さんが望む治療にはつながりません。」




| 12.患者さんの笑顔を支えるために



――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。



古屋教授:

「義歯の治療は、義歯を作ること自体がゴールではありませんし、患者さんによって最適な治療も異なります。教科書どおりに進まないことがあっても、その患者さんにとって何が最善なのかを考え続ける姿勢。これを大切にしていただきたいと思います。」



徳永先生:

「派手なテクニックや特別な治療法に目が向きがちですが、実際の臨床では、印象採得、咬合採得、義歯調整といった基本の一つひとつを丁寧に積み重ねることが、最終的な患者満足につながりますね。」


「その基本の大切さは、経験を重ねるほど実感します。そこに、患者さん一人ひとりと向き合う姿勢が加わって、本当に良い治療になると思います。デジタルを活用した治療が実用段階に入ってきていますので、うまく活用しながら患者満足度の高い治療を行って欲しいと思います。」




| 13, 歯科治療に必要な視点 ー おわりに



今回の対談では、義歯診療の現在とこれからを見据え、多岐にわたるテーマが語られました。


超高齢社会に求められている歯科医師像から、義歯安定剤を活用する考え方まで。お二人の話に一貫していたのは、患者さんにとって何が最善なのかを、常に考え続ける視点でした。


急速に高齢化が進む日本では、義歯治療の重要性は今後さらに高まります。


その一方で、患者背景はますます多様化し、従来の考え方だけでは難しい症例が増えていきます。


歯科医療者に求められているのは、真新しい材料や最新技術、AIの活用の学習だけではありません。


一人ひとりの患者を、総合的に診る力が必要です。



義歯治療の先にあるのは、単に「噛めるようになる」ことだけではなく、


患者さんが豊かな日常を取り戻せるよう、その人生を支えていくこと。


それこそが、義歯治療に求められる本質なのかもしれません。



「義歯をどう作るか」だけでなく「患者さんがどう生きるか」という医療の本質を見つめ直す。


古屋教授と徳永先生の対談で、改めて私たちに問いかけています。




記事前半▶︎

特別対談(1/2):義歯治療の常識が変わるー昭和医科大学の古屋教授が語る難症例とは


記事前半では、超高齢社会で変わる難症例の捉え方と、患者さんが本当に「食べられる」義歯診療の本質を深掘り。「精密に作ったのに、なぜ患者さんは食べられないのか?」。口腔機能や認知機能、生活背景まで見据えた診療の本質を語ります。



※本記事は、Haleon社の協力を得て、古屋教授と徳永先生による対談をもとに構成されています(2026年7月Interview)。義歯治療の基本から最新の考え方まで、日々の臨床に役立つ示唆が含まれ、「患者中心の診療という視点」を臨床に活かしていただければ幸いです。




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| ドクターズプロフィール



古屋純一(ふるや じゅんいち)

プロフィール (LINK)

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昭和医科大学 歯学部 口腔健康管理学講座 口腔機能管理学部門 主任教授 

昭和医科大学 大学院歯学研究科 口腔機能管理学分野 教授


1996年東京医科歯科大学歯学部卒業。同大学院高齢者歯科学修了後、岩手医科大学、ハーバード大学、東京医科歯科大学、昭和大学で歯学部の教員として勤務。2023年に口腔機能管理学の主任教授に着任。高齢者の義歯と嚥下を専門とし、オーラルフレイルや口腔機能低下症、摂食嚥下障害、義歯を含めた統合的医療に向き合っている。



徳永 淳二(とくなが じゅんじ)

プロフィール (LINK)

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日本抗加齢医学会 専門医

日本老年歯科医学会 認定医


東京医科歯科大学を卒業後、同大学院口腔機能管理学分野を修了。多岐にわたる事業を展開しながら、東京科学大学歯科同窓会の学術委員長として、AIの認識を読み解くためのITプロジェクトを毎月開催している。



| 企画協力・協賛



ヘイリオン・ジャパン株式会社 (LINK)

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| 記事レポーター


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医療者TERRACE 編集部


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