

日々診療をしていると、次のような質問をよく受けます。
こういった疑問、あって当然だと思います。特に自費診療であれば治療費も高額です。高いお金を払ってすぐにだめになってしまうのでは、患者さんにとってはたまったものではありません。

しかし、正直な話、かぶせ物やインプラントは、家電と同じように品質を完全に保証するのは非常に難しいのです。今回は歯科医として、本音を交えつつ、インプラントやかぶせ物の寿命について解説していこうと思います。
再治療が必要になってしまうシチュエーションとしては、大きく次の3つのパターンがあります。
1.二次的な虫歯ができてしまった
2.歯周病ができてしまった
3.かぶせ物が割れたり欠けたりしてしまった
さて、このうち、私たち歯科医師がコントロールできるものはどれでしょうか。
それは、1と2です。
つまり、雑な治療を行い隙間だらけのかぶせ物を作れば、当然そこから汚れや細菌が侵入し、再び虫歯ができてしまいます。
また、歯ブラシがうまくできていない人に、かぶせ物だけきれいに入れても、慢性的に汚れがたまって局所的な歯周病になってしまうこともあります。
しっかりと丁寧な治療を行い、患者さん自身で清潔な環境を維持できるよう指導することで、1と2はかなり高いレベルで予防できるということです。
問題なのは3のかぶせ物の破損です。
このかぶせ物の破損はなぜ起きるのでしょうか?
丁寧な治療をして、歯周病のコントロールをしっかり行っても、かぶせ物がだめになってしまうことはよくあります。その原因は、ご自身の咬み合わせの力=咬合力です。
はっきり、正直に言いますと、
「歯ぎしりや食いしばりによる破損なんて、とてもじゃないけど補償できない」

…というのが本音です。
「歯医者のくせに、かぶせ物が壊れても補償できないとは何事か!無責任なことを言うな!」と思うかもしれません……。
しかし、歯ぎしりや食いしばりによって、かぶせ物にかかる圧力は想像を絶する大きさです。その上、夜中の就寝中に本人の無意識下で起きていることがほとんどなのです。
「歯ぎしり?食いしばり?私には関係ないわ」と思っていても成人のほぼ100%に近い人が、無意識の歯ぎしりや食いしばりをしているといわれています。(勿論、程度は様々なので かぶせ物の破損に関わるほど強い歯ぎしりを全員がしているというわけではありません。)
では、この歯ぎしり、一体どれほどの力なのでしょうか。咬み合わせの主役となる前から6番目の歯のことを考えてみましょう。
程度にもよりますが、歯ぎしりの力は本人の体重かそれ以上の力になることもあるといわれています。例えば、体重が50kgの人がいたとすると、かかる力は50kgf(キログラム重)です。
※研究によっては、体格のよい成人男性では120kgf に達するという報告もあります。
そして、歯というのは常に小さな点で接触しています。
例えば、上下の歯が接触している面積が1mm²だとしましょう。

このような咬合接触点は実際には非常に複雑に分布しますが、単純化して6番目の歯に5か所の咬合接触点があるとします。
上下左右28本の歯が残っていて、咬み合わせの力のほとんどが6番目にかかることを考慮して、3/4の力が6番目に集中すると仮定してみましょう。
この場合、
50kgf × 3/4 × 1/2(左右)× 1/5(接触点) = 3.75kgf
けっこう雑な単純化はしてしまっていますが、概ねこれが6番目の歯の1つの接触点にかかる力(重さ)となります。この力が1mm²の面積にかかるわけなので、圧力としては
3.75kgf/mm²
となります。材料の強度の指標としてよく使われるMPa(メガパスカル)に換算すると、
3.75kgf/mm² ≒ 約36.8MPa
です。
これがどれほどの力か、想像できるでしょうか?
想像しやすいものに例えると、水深3,700~3,800mでの水圧に匹敵する数値です。しかも、これが瞬間的ではなく、夜中の間 断続的にかぶせ物に襲いかかるわけです。
一般的に、メーカーが提示する金属の強度というのは1000MPaを超えています。セラミックなどの白い材料でかぶせ物を作る場合でも100MPa程度(1m×1mの面積の上に約10204トンの重さが載っている状態)の強度を担保するといわれています。
「じゃあ大丈夫だろう」と思うかもしれませんが、実はそうでもありません。

金属の細い棒を何度も曲げて、戻して、また曲げて……とやっていると、そのうち折れてしまいますよね?これは、材料の中に「疲労」がたまり、やがて耐えられなくなるからです。
歯科で使っているかぶせ物も同じです。
毎晩毎晩、歯ぎしりに耐え、内部には疲労が蓄積されます。そしてある日、食事をしている時などに、パキッと割れたり、欠けたりしてしまうのです。
「そんなに固いもの食べてないのに割れたんですけど!」と、怒りたい気持ちもわかります。
でも、それは食事のせいだけで割れたわけではありません。無意識の歯ぎしりや食いしばりに耐えてきたセラミックが、たまたま食事中に限界に達しただけなのです。

上の写真は、女性にセットしたフルジルコニア製のかぶせ物です。セットして数か月後、写真のように破損しました。このフルジルコニアのメーカー指定強度は600〜700MPaですので、通常のセラミックよりも強度が強いものです。
それでも数か月で破損してしまうということは、「どれくらいもつか」は正直、分からない、ということになります。
かぶせ物は口腔内という過酷な環境において、毎日、歯ぎしりや食いしばりという驚異的な圧力に耐えています。過酷な修行僧のような境遇にあるといっていいでしょう。
ですので、「かぶせ物、どれくらいもつの?」という質問に対して、私たち歯科医の回答は次のようになります。
「二次的な虫歯や歯周病にはならないようにしっかりと治療をすることで、セルフケアをしっかりしてもらえば、そういったことが原因でだめになってしまうようなことはないようにコントロールできます」
「ただし、夜中の歯ぎしりや食いしばり、食生活に関しては、私たちではコントロールできません。あくまで人工物なので、無理な使い方はせず、セラミックに負担がかからないようにしてあげなければなりません」
「それでも壊れてしまった時は、責任をもって再製作します」
では、「セラミックに負担がかからないように」するにはどうすればいいのでしょうか。今のところ有効なのは、以下の3つです。
1.こまめな咬み合わせの調整
2.マウスピースの装着
3.日中の咬み合わせの意識
1と2は対症療法で、歯ぎしりがあった時にかぶせ物への負担を減らすことができます。
一説では歯ぎしりや食いしばりは日中のストレス解消に繋がっていると言われ、100%悪いものではありません。が、ひどいとやはり、弊害となります。
その緩和策として有効なのが、3の「日中に嚙み合わせを意識する」ことです。日中に歯を食いしばったり、上下の歯を長い時間接触させていると、夜に寝てからも筋肉がその位置を覚えていて歯ぎしりをしてしまいます。なので、日中の筋肉の緊張を和らげれば、おのずと夜間の歯ぎしりなども緩和する、という理屈です。
わたしの母校 旧医科歯科大の顎関節外来では この「日中の食いしばり」のことを"TCH; Tooth Contacting Habit" つまり歯牙接触癖 と名付けています。
TCHに関しても、多くの人に自覚がないのが難しいところです。
ただ、こう言われたらどうでしょう?
「1日24時間のうち、上下の歯が接触している時間は 15分 程度しかないのが正常です」
そうなんです。本来、上下の歯は 閉じた唇の中で離れているのが正常で、嚥下や咀嚼など わずかなタイミングのみ接触するのが "正常" なのです。
ですが、多くの人は 何か作業をしている時、考えに集中している時、、、など無意識に上下の歯を接触させたり、ひどい場合は擦り合わせたりしてしまっているケースが非常に多いのです。
ということで、夜中寝てる間の事はどうしようもないので、まずは日中 ご自身にこういった 「癖」がないかセルフチェックしてみることから始めてみるのがよいでしょう。
さて、ここまで読まれて、「かぶせ物が壊れるのは仕方がない」ということが少し納得いただけたでしょうか?
もちろん、無責任に「壊れるのが当たり前だから!」と開き直る歯科医師は論外です。歯科医院ごとに定められた補償期間などがあるはずなので、それに応じて責任をもってやり直しをするのがプロとしての仕事です。
ただし、私たちからのお願いとしては、患者さん側にも努力をしていただきたい という事です。
「高いお金を出したのになんで壊れるんだ!」と、頭ごなしに怒るのではなく、なるべくかぶせ物やセラミックが長持ちするよう、担当の歯科医師と一緒に取り組みましょう。人工物を体の一部として使うということは、例え小さな被せ物ひとつであっても、そういったケアを生活の一部として取り入れていくことが不可欠になるということなのです。
これからかぶせ物治療を検討している方、あるいはすでにセラミック治療などを受けられた方に、今回の記事が参考になれば幸いです。